【伝説の杜氏・日下信次】日本酒「日下無双」―”自らの名を刻む”唯一無二の半生

【伝説の杜氏・日下信次】日本酒「日下無双」―”自らの名を刻む”唯一無二の半生

オンライン酒蔵留学レポート(番外編)

オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。
作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。

通常の酒蔵留学のレポート記事では、これまでご出演していただいた酒蔵さんをご紹介しておりますが、今回は番外編
酒蔵さんではなく一人の”杜氏”にスポットを当てました。

その人物とは、杜氏でありながら自身の名を冠した清酒ブランド「日下無双」(ひのしたむそう)を立ち上げた伝説の杜氏「日下信次(ひのしたしんじ)」(永山酒造)さん!
ハンズオンSAKEでは親しみを込めて”兄貴”と呼ばせていただいています。

私たちが日下杜氏、そして「日下無双」を推すのは、単にお酒としての魅力にとどまらず、日下信次という人物そのものに深い価値があると考えるからです。
28歳という若さで当時の最年少杜氏となり、酒蔵を越えて銘柄を紡ぎ続けている姿は日本酒業界の中でも極めて稀有な存在。

本記事では、日下杜氏のこれまでの人生と集大成となる新たなる挑戦をご紹介していきます!

”生きる伝説”杜氏・日下信次(ひのしたしんじ)

日下信次杜氏
※日下信次杜氏

 

日下信次(ひのした しんじ)さんは、1965年広島市生まれの杜氏。
千代乃春酒造(ちよのはるしゅぞう)で最年少杜氏記録(28歳)を樹立後、村重酒造(むらしげしゅぞう)で個人ブランドとなる「日下無双」を創立しました。
その後は天吹酒造(佐賀県)へ活躍の場を移しましたが、60歳という定年を節目に佐賀の地を去って、2025年末から永山酒造(山口県)で新たな杜氏人生をスタートさせました。

ブルース・リーを敬愛するが故の筋トレマニア、SASUKE出場経験の持ち主、大の野球好きなど、酒造り以外でも様々な伝説や唯一無二の逸話を残している日下杜氏。
その壮大な半生を振り返っていきましょう。

”酒造りはパズル”営業マンから最年少杜氏へ

日下信次杜氏
※日下信次杜氏

実は若き日の日下青年は、全国的に有名な大手パンメーカーの営業マンとして活躍されていました。
「なんなら、営業について講演会もできますよ(笑)」と語るほど、営業成績も相当優秀だったといいます。

そんなサラリーマン生活の日々で培ったのは「商品を売るのではなく、自分を売る」という極意。
つまりそれは、"他の人にはできないこと、自分にしかできないことを伝え、まず自分という人間を信頼してもらう "こと。
この営業哲学は、後に自身の名を冠したブランド「日下無双(ひのしたむそう)」を自ら背負って立つ姿勢に、今も色濃く反映されています。

そんな日下杜氏が酒造りの道に入ったきっかけは、特に日本酒に興味があったというわけではなく負けず嫌いの「意地」でした。

ある日、親戚達が集まる会合があり、そこに遠い親戚で、杜氏の方がいたそうです。
ちょっとした社交辞令の意味もあって、
「杜氏さんの世界ってどんなものなんですか?」と聞いたところ、その親戚の杜氏は、
「今の若いもんに務まる世界じゃない。お前には無理だ」と一蹴されたそうです。
そこで、日下杜氏の生来の性格なのか、心に火が付きます。
じゃあ、"杜氏になってやろうじゃないか"と。

「あのおじさん、嫌いだったんですよ。偉そうにしててね」と、日下杜氏は笑いますが、その嫌いな親戚の杜氏から無碍にされたことで、今、自身が杜氏になっているとは、なんとも皮肉な話です。
そして次の瞬間には、「じゃあ、修行するんで蔵を紹介してください」と、その場でパンメーカーを辞めると啖呵を切ったのですから、その心に灯ったのは火というよりも燃え盛った炎だったのかもしれません。

その後、その親戚の杜氏ではなく、日下杜氏の姉の義父からの紹介で最初に門を叩いたのは「三宅本店(千福)」。
当時21歳の日下杜氏を待っていたのは、平均年齢65歳という超ベテラン職人ばかりの環境でした。

「どうせこの子は3日ぐらいで、すぐやめるだろうと思われているから、みんな無視状態でしたね。ずっと」と、日下杜氏が語るように、実際20代で蔵に入ってくる若者がいても、修行の厳しさのあまり、最長で1週間ぐらいで辞めてしまっていたそうです。
すると、逆に日下杜氏は「よし、1週間我慢したら記録更新だ」という逞しすぎるスピリットだけでなく、「意地と責任感」で精神的にも肉体的にも大変過酷な日々を乗り越えていきます。

さらに、蔵を紹介してくれた姉の義父が不慮の事故で亡くなったことで、この道を選んだ責任感はさらに強くなります。
「蔵を紹介してくれた姉の義父は、とてもいい人だったんです。だから逆に亡くなっていなかったら、『もう無理です』と姉の義父に言って、辞めていたかもしれません」と、深く義理を感じていたと同時に、
「今の若い者にはどうせ無理」と嫌いだった親戚の杜氏の言葉が、再び日下杜氏の心に蘇ります。

「とにかく、まず半年間はやり遂げるしかない」と自分を追い込み、高齢の杜氏たちが使うトイレ・風呂掃除などの雑用を毎日毎日こなしていきます。

そんな日々の中、日下杜氏はある時、蔵のベテラン杜氏に「杜氏になるには大体どれぐらいかかるんですか?」と尋ねました。すると返ってきた答えは、
「大体20年ぐらいだな」と。
確かに、日本酒造りには何段階もの作業、膨大な知識と経験が必要とされるのは事実です。
ですが、日下杜氏いわく、 「そう言われると、杜氏になりたいという夢がなくなっちゃうんですよ。そんなに時間はかけていられないって」。

現代でこそ、蔵の後継ぎであったり、大学で醸造学などを学び、卒業後に杜氏になるといった若者はいますが、当時はまさに「技は盗め」の世界でした。20年間、耐え忍び、経験を積んでこそ一人前の世界。
それだけ職人のこだわりと魂がこもった酒を、職人たちが造っていたともいえます。
ただ、日下杜氏はこの経験を通じて、若い世代に向けてこうも言います。
「まずその世界に身を置くことが大切なんです。とりあえず身を置くことで学んでいくし、ダメだったら方向性を変えていくこともできる」と、まずは体験することの大切さを語ります。

そして耐え忍ぶこと約3か月。ちょっとした変化が起きます。
「この子、ひょっとしたら続けるかもしれんな」と周りが思い始め、少しずつ酒造りを教えてくれるようになったのです。とはいえ、小さな変化であり、やはりメインは雑用。酒造りのことなど全くわからない状況がさらに1年ほど続きます。

ところが、2年目あたりから、確実に何かをつかみ始めます。そして蔵で行われている作業について、本を読みながら学んでいき、今までバラバラだった作業と知識が少しずつ頭の中、体の中で繋がっていきます。
気が付けば、無我夢中で酒造りのノウハウを吸収する日々。その当時のことを、
「2年目あたりから酒造りの勉強以外の記憶がないんです。他の記憶がないんです。それぐらい酒造りに夢中になっていて、睡眠も毎日2時間ごとに起きていました」と語ります。

そんな酒造りに取りつかれた期間を経て、日下杜氏には「杜氏、なれるかもしれない」という手ごたえが生じてきたのです。

そしてついに、修業期間7年。今までは単なる「日下さん」だった若者は27歳となり、千代乃春(ちよのはる)酒造に移ることとなり、間もなく誕生日に蔵で28歳を迎え、同時にようやく「日下杜氏」となります。
念願の「杜氏」にたどり着いたと共に、当時最年少での杜氏就任記録を樹立したのです。

しかし、ここまでなら若くして杜氏になり、日本酒業界の常識を打ち破った若者のサクセスストーリーとなりますが、そうはいかないのが当時の業界での「若さ」へのイメージ。

杜氏として入った千代乃春でも、どうせ多分お酒も腐らすだろうとか、大したこともできないだろうという、直接耳には入ってはこないものの、そういう陰口は周囲から実際あったそうです。
繰り返しにはなりますが、それぐらい一昔前は、「杜氏」という地位はある意味特別であり、信用、信頼を勝ち取るには「年齢」や「経験年数」というものが必要な世界だったのです。
そんな業界特有の様々な荒波にもまれながらも、千代乃春酒造で7年間杜氏を務めた後、山口県岩国市「村重酒造株式会社」に移ります。
ただここでも、「杜氏だから」ということで迎え入れられたわけではなく、実はこの蔵には、既に杜氏さんがおり、日下杜氏は「杜氏ではない立場」として酒造りに携わることになります。つまりまた"1からの出発”です。

せっかく杜氏としての知識や経験を得たのに、杜氏としては活躍できない新天地。けれども、日下杜氏はこう前向きに語ります。
「ほかの杜氏さんから学ぶことがあるんですよ。それに、一度杜氏ではなくなることで、逆にモチベーションを高めていかなきゃ、という思いを強くしないといけない」。

杜氏である前に、酒造りに関わる人間として、逆境を意地と責任感で乗り越えていく――それが日下杜氏の生き方であり、人としての生き方なのかもしれません。

大手パンメーカーの優秀営業マンという地位をスパッと捨てて日本酒造りの世界に飛び込んだ破天荒かつ、障壁も壊していくイメージの日下杜氏ですが、
まずは若いころに超ベテランばかりに囲まれた環境と、複数の蔵で学んだ知識と経験から由来する酒造りは、実に緻密。
日下杜氏は、「酒造りはパズルなんです」と語ります。
ちゃんと回答があって、その回答から逆算をする。
この思考は、かつてトップ営業マンだった経験も活かされているのでしょう。単なる「酒を作る人」ではなく、酒造りの構成を組み立てられる思考回路があって、本当に意味で「酒を醸す人」なのです。

これを物語ることとして、現在は全国の品評会でも主流となっている「酵母のブレンド」も、日下杜氏はこの手法が流行する前から独自に実践していました。
看板商品である「日下無双」。これは、香りのある酵母(1801)と味のいい酵母(901)を別々のタンクに仕込んで、搾った後に調合。一つのタンクで合わせると再現性がなくなってしまうので手間は2倍になりますが、このやり方にたどり着いたとのこと。

「お酒は『できた』じゃなくて『造る』ものだと思っています。設計図があってパズルをはめていく作業です。だから経験があるとピースの数が多いから、どう対処すればいいかわかるんです」と語ります。

さて、こんな日下杜氏の日課は「筋トレ」。
我々が蔵や日下杜氏のご自宅を訪れた際、部屋にはダンベルやアブローラーなどの筋トレ器具がずらっと並んでいたことに衝撃を受けたことがあります。
自宅でも、毎日1時間ぐらい行うそうで、確かに肩回りや首の太さから、ずいぶんと鍛えられているのがはっきりとわかります。特に背筋がすごい!

「最初は、冬に風邪を引かないために体を鍛え始めたのが最初なんですよ」と、体力勝負の杜氏としての責任感や真面目さがここでも見え隠れします。

強靭な肉体、そして常に前向きな精神の日下杜氏ですが、実はこれまでに12回もの膀胱がんの手術を経験されています。それでも、彼は、
「病気になったのはしょうがない。でも全然大丈夫!」と笑い飛ばします。
手術後もすぐに筋トレを再開し、酒造りに情熱を注ぐその姿は、まさに「無双」の名にふさわしい生き様です。

幼少期から野球が好きで、野球カード3万枚のコレクションや、長嶋茂雄監督のサインバットを宝物にする少年の心を持ち続けながら、常に新しい挑戦を続ける日下杜氏。

この明るい笑顔の裏には、反骨心、忍耐力、責任感、そして何よりも人生に何かを刻みたいという強い情熱と、「人は自由に生きていいんだよ」というメッセージが込められているような気がします。

「日下無双」誕生

日下無双
※日下無双

一際目を引く、鮮烈な「赤」の瓶の日本酒。その名は「日下無双(ひのしたむそう)」。

「日下無双」という言葉自体には、「世界、天下に並ぶものがないほど優れている」という意味が込められています。
また資料は残っていませんが、「無双」は宮本武蔵の父「新免無二斎(しんめん むにさい)」が、足利義昭の御前で行われた試合で、吉岡一門(将軍家の剣術指南役)に勝利し、「日下無双兵法術者(天下無双)」の称号を与えられたという言い伝えから「無双」を取ったとのこと。
それに伴い、ラベルには二刀流の刀を配置し、杜氏の直筆で「日下無双」の文字を書いたそうです。

「日下」というのは、「世界」「天下」という意味もありながら、ブランド名に自分の名字を冠する。これは、日本酒の世界では極めて異例なことです。
つまり、このブランドは酒蔵に紐づくブランドというより、“杜氏個人の哲学と技術を体現する銘柄”と言えます。

また商標を、所属する蔵ではなく個人で所有しているということは、彼自身がブランドを全て背負うということに他なりません。
「自分に恥じないように、自分の名を冠した酒を造る」。
営業マン時代に学んだ「商品を売る前に、まず自分という人間を信頼してもらう」という哲学が、そのままブランドの核となりました。自分の名を背負い、妥協を許さない「無双」の酒造りが始まったのです。

「日下無双」を象徴する赤いボトル。実は、この誕生にはある大阪の料亭での会話が深く関わっています。
「日下さん、もっと日本酒を格好良く、目立つものにできないか?」

その提案を受けた日下杜氏は、自身の出身地である広島の「カープレッド」、そして憧れの車であるイタリアの有名車のレッドをイメージした赤色ボトルを採用することとしました。 これも、日本初だそうです。
もちろん、当時の保守的な日本酒界では「赤瓶」などタブーに近い存在でしたが、「酒の味、瓶、ラベルが全てリンクしていなければ、お客様の心には届かない」という想いがあったそうです。
この視覚的なインパクトも、ブランドを確固たるものにする第一歩だと語ります。

加えて、日下杜氏の酒造りは、職人の勘だけに頼るものではありません。前述したように、彼は「お酒は自然にできるものではなく、パズルのように設計して作るもの」と断言しています。
今でこそ主流となった「酵母のブレンド」も、日下杜氏は早くから独自の手法で取り入れていたことは、前述のとおりです。

この「日下無双」で使用しているのは、華やかな香りの酵母「1801号」と芯のある旨味を出す「901号」。
これらを別々のタンクで仕込み、それぞれの特徴を引き出し、最後に「一番美味しい」と感じる比率で調合する。
「例えば人間の場合はお話してみれば、この人と合うなとか、合わないなとかわかるじゃないですか。でも酵母とは直接お話できないので、別々の酵母で醸した酒って、実際にいろいろな比率で組み合わせないと合うかどうかわからない。だから何度も何度も仕込みの温度を変えたり試行錯誤するしかないんですよ」。

まさにパズルのピースを最後の一枚まで完璧にはめ込むような作業によって、蔵を訪れたフランス人をも虜にする「一番うまい」味わいが生み出されました。

そんな日下杜氏は常に「自分が生きてきた証を残したい」と語ります。
実は、かつては配布が中止されていた「8号酵母」を復活させ、その強い酸をあえて武器にするなど、常に「誰もやっていないこと=自分にしかできないこと」への挑戦を止めない。

そんな人物から生み出された「日下無双」という日本酒ブランドは、味わい、デザインを含め、日下信次という一人の人間であり杜氏である生き様が詰まった1本と言えます。

日下無双シリーズ最終章【最後の秘宝】

日下無双 龍鳳 吟醸粕取焼酎 シェリー樽3年貯蔵
「日下無双 龍鳳(りゅうほう) 吟醸粕取焼酎 シェリー樽3年貯蔵」

 

― 杜氏歴30年の集大成―

日下無双シリーズ最終章【最後の秘宝】

2024年、「日下無双 龍鳳(りゅうほう) 吟醸粕取焼酎 シェリー樽3年貯蔵」プロジェクトがSAKEクラファンで公開しました。

これは単なる限定酒ではなく、日下杜氏の集大成ともいえる1本。
ネーミングの「龍」と「鳳凰」は調和と循環を象徴し、「終わりであり始まりでもある」という世界観を表現しています。

この酒の大きな特徴は、"シェリー樽で約3年熟成"された「粕取り焼酎」をベースにしている点。
さらに吟醸酒粕や酵母のブレンドにより、日本酒の枠を超えた複雑な香りと味わいが生まれています。
口に含むと熟成由来の香りが広がり、その後にやわらかな甘み、そして長い余韻が続きます。日本酒を超え、どこかウイスキーを思わせるような深みも感じられます。

この「最後の秘宝」プロジェクトは、公開後瞬く間に目標金額を達成。最終的には1,856,000円の支援金となり370%超えの達成となりました!

60年の集大成!「五輪書」発行へ


杜氏・日下信次、60年の集大成。新生“日下無双”と五輪書を届ける特別プロジェクト
※新生“日下無双”と五輪書(ごりんしょ)を届ける特別プロジェクト


60年の集大成――「新生“日下無双”」と「五輪書」を届ける特別プロジェクトに込めた哲学。

独自の酒造りを追求してきた日下杜氏。
2026年5月に、その歩みと哲学を一冊にまとめた書籍『日下無双 -五輪書-』、さらに日下無双とのセット販売でのクラウドファンディングがスタートし、皆様のご支援のおかげで目標を達成することができました。誠にありがとうございます!

さて、この「五輪書」とは、日本酒愛好家はもちろん、「これから日本酒を知りたい」という初心者にも向けた、日本酒造りの入門書となっています。
酒米や酵母、仕込みといった基礎知識をわかりやすく解説しながら、「日下無双」という酒に込められた杜氏の思想と技術が説かれています。

ご存じのとおり、タイトルに冠された「五輪書」は、剣豪・宮本武蔵の著書に由来しています。
本書でも「地・水・火・風・空」の五章構成を採用し、日本酒造りの本質を、日下氏自身の経験とオバーラップさせながら、解説しています。

2025年11月に還暦を迎えた日下氏にとっては、この一冊は単なる記念本ではありません。 これまで積み重ねてきた技術、失敗、挑戦、そして酒造りへの覚悟を、次の世代へ残すための“メッセージ”でもあります。

最年少で杜氏となってからも、どんな環境でも現場に立ち、蔵人たちと汗を流しながら酒と向き合い続けてきた日々。
その積み重ねが、「日下無双」という唯一無二の銘柄を形作り、『日下無双 -五輪書-』には、そんな日下氏の人生そのものが詰まっています。
日本酒に長く親しんできた人には、造り手の哲学に触れる一冊として。そして、これから日本酒の世界に踏み込む人には、その奥深さを知る入口としての一冊と言えるでしょう。

★クラファンページ:
https://sake-kurafan.com/collections/crowd_funding/products/hishitamusougorinnosyopj

日下無双ラインナップ

日下無双
※日下無双ラインナップ

日下無双 純米60

日下無双 純米60
※日下無双 純米60 火入れ
画像引用元:天吹酒造HP

これぞまさに日下無双!の代表格「日下無双 純米60」。

最大の魅力は、舌にしっかりと乗ってくる濃密な旨み!
しかし、その味わいは決して重たくなく、軽く口に入り、ふわりと米の旨みが広がったあと、喉を通る頃には爽快なキレで消えていく。
このつまり“濃醇なのに飲み疲れしない”絶妙なバランスが特徴です!
特に「生酒」や「おりがらみ生」は、フレッシュさが際立ち、リンゴを思わせる華やかな香りと滑らかなな口当たりです。
一方、「火入れタイプ」は旨みの輪郭がより整い、落ち着いた飲み心地になっています。
公式サイトでもおすすめされているペアリングは「チータラや塩辛」。濃厚な旨みを持つ酒だからこそ、発酵食品や珍味系の塩味、コクと抜群に合います♪
さらに、生酒タイプなら刺身や寿司、天ぷら。
「おりがらみ生」は、クリーミーな舌触りとドライな後味があるため、食中酒として非常に優秀。

「芳醇だけど重くなく、旨みがあるのにスイスイ飲める」

派手な吟醸香ではなく、米の旨みを軸にして、しっかり切れる後口。
飲み手に寄り添いながら、それでも強烈な個性を残す酒です。

■日下無双 純米 60 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 山田錦
精米歩合 60%
アルコール度 16度

日下無双 純米大吟醸45

日下無双 純米大吟醸45
※日下無双 純米大吟醸 45
画像引用元:天吹酒造HP

 

グラスに注ぐと、まず立ち上がるのは「爽やかで上品な吟醸酒ならではの香り」。
口に含むと、アタックはとっても滑らか。クリアな飲み口から、やわらかな米の旨みが優雅に広がっていきます。
そして印象的なのが、後半の酸味とほのかな苦味がまとまり、喉を通る頃にはスッと消えていく感覚。
言わばこの“引き際の美しさ”が「日下無双 純米大吟醸45」の大きな魅力です!

「生酒タイプ」はみずみずしくフレッシュな躍動感があり、「おりがらみ生酒」は柔らかな旨みを感じられます。
「火入れ」は全体のバランスが整った落ち着きのある味わいになっており、それぞれに異なる表情を見せてくれます。

米、水、酵母。
それぞれの個性を最大限に引き出し、その積み重ねが、「透明感があるのに旨みが深い」という独自の酒質に表れています。

さらにこの酒の酸と旨みは、和食との相性が抜群なんです。
特におすすめなのが、"白身魚の刺身や昆布締め、酢の物"です。
魚の淡い旨みを上品に引き立ててくれます。

また、生酒タイプは、"帆立や真鯛、ヒラメなどの刺身"ともよく合います。
火入れタイプは"焼き魚や出汁を効かせた和食"と一緒に!

純米大吟醸らしい華やかさとともに、“食とともに楽しめる”設計になっているのが、この酒の魅力と言えます。
香り、透明感、旨み、キレといった要素を、それぞれ高いレベルでまとめながら、最後にはしっかり“日本酒としての力強さ”を残すという設計です。

■日下無双 純米大吟醸 45 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 愛山
精米歩合 45%
アルコール度 16度

日下無双 純米 スパークリング

日下無双 純米 スパークリング
※日下無双 純米 スパークリング
画像引用元:天吹酒造HP

 

“日本版ドンペリ”!?「日下無双 純米 スパークリング」――
この「日下無双 純米 スパークリング」は、"力強いガス感とキレのある辛口"が特徴のスパークリング日本酒。
日下杜氏は、開発当時、
「他の蔵でも、スパークリングの日本酒はいろいろ出ていたので、後発でスパークリングを出すなら普通の感じでは意味がない」と考えたそうです。

そこで開発対象に選んだのが、“シャンパンの王様”とも呼ばれるドン・ペリニヨンでした。
「ドンペリみたいなものを作れないかと思ったんです」。

実際にドンペリのガス圧まで調べ、どこまで近づけるかを計算しながら設計したといいます。
しかし、日本酒として、個性あふれるスパークリング造りはそうそう簡単ではありませんでした。
日本酒の場合、2次発酵の段階で、瓶の中でガス圧が強くなりすぎ、瓶が割れてしまうそうです。 対して、ドンペリはある程度ガス圧が上がると、瓶を逆さまにしてあえて酵母を抜き、瓶の中のガス圧を安定させます。その代わり、酵母は抜けてしまいますので、酵母の力を重視する日本酒とは、味わいが変わってきます。
あくまで酵母主体の日本酒造りを行ってきた日下杜氏が、試行錯誤の末にたどり着いたのが、「1801酵母」を使うこと。
この酵母は、華やかな香りを持ちながら、"ガス圧が上がりすぎる前に発酵が落ち着く"ため、絶妙なバランスにたどり着いたといいます。
さらに、このスパークリングは甘口ではなく辛口設計。その理由は、
「料理に合わせやすくするため」と日下杜氏は語ります。

おすすめのペアリングは、カキフライ、キスの天ぷら、チーズ料理。
爽快な泡とシャープな酸が油を切り、牡蠣のほろ苦さにも負けない味わいに仕上がっています。
実際、岩国時代からこの酒を愛飲してくださっていた常連客が、「ドンペリに似ている」と語ったこともあったそうです。
その言葉に対して日下杜氏は、
「そりゃそうですよ。それに合わせて作ったんだから」、と。

ついには“日本版ドンペリ”とも呼べる「日下無双 純米 スパークリング」が誕生したのです。
この一本には、日下杜氏の探究心と遊び心、そして確かな技術が詰まっています。

■日下無双 純米 スパークリング スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 さがの華
精米歩合 60%
アルコール度 13度

日下無双 純米 七號 生酛

日下無双 純米 七號
※日下無双 純米 七號 生酛
画像引用元:日下信次Instagram

 

酒質の安定性とバランスの良さで非常に評価が高い「協会七号酵母」を使用し、生酛造りで醸した純米酒です。
口当たりはややジューシーで旨味があり、酸味とのバランスが良好!
マスカットのような上立ち香に始まり、酸味と旨味、そして後味のキレのバランスが上手くとれた飲み応えある1本になっています。

ラベルに描かれているりゅう座は、北極星を囲むように身をくねらせている星座であり、日下杜氏はこの形を数字の「7」に見立てデザインしました。
こうした遊び心が隠されているのも日下無双の楽しみ方の一つでもあります。

■日下無双 純米 七號 生酛 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 麹米:さがの華/掛け米:飯米(きぬむすめ)
酵母 協会7号酵母
精米歩合 60%
アルコール度 16.5度

日下無双 純米 八號 生酛

日下無双 純米 八號
※日下無双 純米 八號 生酛
画像引用元:日下信次Instagram

 

さそり座のラベルがインパクトのある「日下無双 純米 八號 生酛」

現在はほとんど使用されておらず、実質的には“歴史的な酵母”として扱われることが多い存在の「協会八号酵母」をあえて使用しています。

なぜ八号が使われなくなったのか。
それは、発酵の安定性が6号・7号よりやや劣る、つまり杜氏の技、環境、経験によって品質がぶれるから。
逆に言うと、杜氏の技量や経験を問われる酵母であり、日下杜氏は時代を先取りしてこの八号酵母にチャレンジしたのです。
派手さのない落ち着いた香りと、しっとりした旨味。キレよりも柔らかさ重視の味わい。
どっしりとした米の旨味に八号酵母の独特な酸味が加わり、呑めば呑むほどクセになる一本。

また、八号酵母のお酒は常温で何年寝かせてもまったくへこたれないのだとか。
熟成酒が注目を集めている現代の趣向に合ったお酒とも言えるでしょう。

杜氏オススメの飲み方は熱々の飛び切り燗!温度が下がるごとに八号酵母の酸が様々な表情を見せてくれるのです。

ちなみにさそり座のラベルには、杜氏自身がさそり座であること。クセのある八号酵母を毒に例え、さそりの形を「8」の文字になぞらえた杜氏ならではのユーモアが込められています。

■日下無双 純米 八號 生酛 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 麹米:さがの華/掛け米:飯米(きぬむすめ)
酵母 協会8号酵母
精米歩合 60%
アルコール度 16.5度

日下無双 純米大吟醸35 龍鳳

日下無双 純米大吟醸35 龍鳳
※日下無双 純米大吟醸35 龍鳳

この一本は、酒米を35%まで磨き上げることで生まれる、透明感のある味わいが特徴。

グラスに注ぐと、上品で華やかなラフランスのような吟醸香が立ち上がり、口に含めばやわらかな甘みと繊細な旨みが静かに広がり、後味は、日下無双らしいシャープなキレ。
飲み疲れせず、料理とともに楽しめる絶妙なバランスに仕上げられています。

酒名の「龍鳳」は、龍と鳳凰という吉祥の象徴を組み合わせた名前。
その名の通り、「力強さと優雅さ」。その両方を表現するような味わいです。

米の磨き、香り、旨み、余韻、そのすべてを調和させつつ、なによりも“飲みやすさ”を重視した酒質は、日下杜氏の狙い通りだと言えます。

また、冷やしすぎず、10℃前後の“花冷え”程度で飲むことで、香りと旨みのバランスがより豊かに感じられます。
おすすめのペアリングは、「白身魚の昆布締め」、「鯛やヒラメの刺身」、「淡白な和食」、そして「クリーム系の料理」。
日下杜氏が磨き上げた“技術”と“感性”が、美しく共鳴した一本に仕上がっています。

■日下無双 純米大吟醸35 龍鳳 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 兵庫県産山田錦
酵母 K901・K1801
精米歩合 35%
アルコール度 16.5度

日下無双 純米 九號

日下無双 純米 九號
※日下無双 純米 九號

「日下無双 純米 九號」は、華やかな香りで印象を残すタイプとは一線を画す、“食とともにある日本酒”。

これまでの「日下無双」シリーズでは、香りを引き出す1801酵母と、味わいを深める9号酵母を別々に仕込み、それぞれの個性を活かしたうえで絶妙にブレンドしていました。
しかし、この「純米 九號」は、あえて9号酵母のみを使用することで、香りよりも“旨味”を軸に据えた一本として仕上げています。

落ち着いた香りと、じんわりと広がる米の旨味。
派手さではないが、飲み飽きしない奥行きで魅せる味わいです。
料理の味を邪魔するどころか、素材の輪郭をそっと引き立ててくれます。
冷やや常温では、軽快でキレのある飲み口が際立ち、刺身や焼き魚、煮物など和食との相性は抜群!
一方で、お燗にすると表情はさらに豊かに変化します。温度が上がることで米由来のふくよかな旨味がふわりと広がって、出汁を使った料理や焼鳥、肉じゃがのような家庭料理にも自然に寄り添い、
食卓全体を心地よく整えてくれる——そんな穏やかな力を持った1本です。

■日下無双 純米 九號 スペック■

原材料 米(国産)・米麹(国産米)
使用米 さがの華
酵母 K901
精米歩合 60%
アルコール度 16度

日下信次Q&A

日下信次杜氏が自身の名を冠した日本酒ブランド「日下無双」を立ち上げたのはなぜですか?
日下杜氏は営業マン時代に培った「商品を売るのではなく、自分を売る」という哲学を酒造りにも反映させ、自身の名前で勝負する姿勢を貫いています。また、28歳で最年少杜氏となり、酒蔵を越えて銘柄を紡ぎ続ける稀有な存在である彼の生き様そのものが「日下無双」というブランド名に込められています。
「日下無双」の日本酒造りにおける特徴的な手法は何ですか?
日下杜氏は酒造りを「パズル」と表現し、緻密な設計図に基づいて酒を造ります。特に、香りの良い酵母(1801)と味の良い酵母(901)を別々のタンクで仕込み、搾った後に調合するという独自のブレンド手法を、全国の品評会で主流になる前から実践していました。手間はかかりますが、これにより再現性の高い酒造りを実現しています。
日下信次杜氏が酒造りの道に進んだきっかけは何ですか?
元々は大手パンメーカーの営業マンでしたが、親戚の杜氏から「今の若いもんに務まる世界じゃない」と一蹴されたことに負けず嫌いの性格が刺激され、「杜氏になってやろうじゃないか」と決意しました。日本酒への興味というよりは、その時の「意地」が酒造りの世界へ飛び込む原動力となりました。

まとめ

日本酒業界において異端とも言える存在が、日下信次(ひのした しんじ)杜氏です。
広島市生まれの彼は、大手パンメーカーの営業マンから酒造りの世界へ転身し、28歳で最年少杜氏の記録を打ち立てました。その後は「日下無双(ひのしたむそう)」という個人ブランドを立ち上げ、独自の酒造りを貫いています。
営業職で培った「商品ではなく自分を売る」という哲学は、後の「日下無双」ブランドの核となっていきます。
酒造りの道に進んだきっかけは、親戚の杜氏から「今どきの若い奴、お前には無理だ」と言われた悔しさでした。
彼は即、営業の仕事を辞め、酒造りの世界へ。
最初に入った蔵は、平均年齢65歳という超ベテランの世界。若手はほとんど続かない環境に耐え、少しずつ周りの信頼を得て、2年目には急速に技術を吸収。「杜氏は、酒造り以外の記憶がないほど没頭していた」と語るほど。
そして修行7年目、28歳で杜氏に就任。千代乃春酒造で最年少杜氏の記録を打ち立てました。
「酒造りはパズル。お酒はできるものじゃなくて、造るもの」というのが日下杜氏の信条。
代表銘柄「日下無双」では、1801酵母と901酵母を別々に仕込み、最後にブレンドするという手間のかかる独自手法を世間に先駆けて採用しています。

2024年には集大成となる「日下無双 龍鳳」を開発。
シェリー樽熟成の粕取り焼酎をベースにしたこの酒は、ウイスキーのような奥行きと複雑さを持ちます。

そんな日下杜氏は筋トレを日課とし、SASUKE出場経験もあるユニークな経歴の持ち主。さらに膀胱がんの手術を12回経験しながらも、酒造りを続け、その姿勢はまさに“無双”という言葉を体現しています。
彼の歩みは、異端として挑戦と逆境の連続でしたが、そのすべてを力に変え、唯一無二のブランドを築き上げ、
「まずはその世界に飛び込むこと。それから考えればいい」という、その哲学は「日下無双」という日本酒にそのまま宿っています。

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とも 日本酒ライター ラジオ番組制作者を経て、Web・EC事業に長らく携わっています。
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じゅん 日本酒ライター ものづくりに携わっている傍ら日本酒ライターをしています。
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