オンライン酒蔵留学 レポート記事
【徳島県上勝町・上勝開拓団】どぶろくを”こめしゅ”へアップデート!
オンライン酒蔵留学レポート(上勝開拓団エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、徳島県上勝町にある上勝開拓団が運営する酒蔵「エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー」をご紹介いたします♪ 上勝開拓団(かみかつかいたくだん)について 日本一楽しい村を作る――徳島県の山奥に、目を見張る美しい棚田が広がり、澄んだ空気が漂う自然豊かな場所があります。そこは、棚田百選に選ばれた徳島県上勝町(かみかつちょう)。また、この地は環境意識が高く、「ゴミゼロ」を掲げ、環境保全の取り組みで知られる町でもあります。2022年7月、この静かな山あいの集落に小さな酒蔵が誕生しました。その名は「上勝開拓団(かみかかつかいたくだん)が運営する、「エルミタージュバレー・酒ブルワリー」。酒蔵が建つのは、標高約400メートルの山あいにある「庵ノ谷(あんのたに)」という小さな集落。築300年の古民家を活用した酒蔵では、上勝町の棚田で育てられた米と山の天然水を使い、どぶろくやリキュールが醸されています。正式には日本酒ではなく、醸す酒が「どぶろくであることが最もユニークな点です。そして、さらに彼らが掲げ、実際に手掛けているのは、どぶろくの常識を軽やかに飛び越える、新感覚の「米酒(こめしゅ)」。どぶろくを進化させた酒です。一方で、さらに興味深いのは、この地で事業を興し、地元を盛り上げ、酒造りを始めた人物のこと。後継ぎでもなく、この地の生まれでもなく、酒造りに縁があるわけでもない。まったく真逆と言ってもいい世界にいた――大都会のテレビ業界の第一線で活躍していた人物。株式会社「上勝開拓団代表取締役」の「仁木啓介(にきけいすけ)」氏です。仁木代表が、この上勝町とつながった歩みを見ると、"やはり人の縁、地との縁とは本当に不思議"で、人生に偶然などないのかもしれない、と感じてしまいます。ただそんな上勝町も、人口減少や高齢化が進んでおり、空き家や耕作放棄地が多い地域となっています。しかし、上勝町の人々のパワーを感じた仁木代表は、「移住者もパワーやスキルを身につけ、空き家や耕作放棄地を自分たちの夢みる姿に変えていこう!」という想いを抱き、「株式会社 上勝開拓団」を立ち上げ、まず集落の古民家を借りてBarを始めることになります。 そんな、上勝町に惚れ込んだ「上勝開拓団」代表取締役:仁木代表と、日本の美しい風景が残る地で醸されている酒と、代表の強い地域愛を一つずつ紐解いていきます!
【徳島県上勝町・上勝開拓団】どぶろくを”こめしゅ”へアップデート!
オンライン酒蔵留学レポート(上勝開拓団エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、徳島県上勝町にある上勝開拓団が運営する酒蔵「エルミタージュ・バレー酒ブリュワリー」をご紹介いたします♪ 上勝開拓団(かみかつかいたくだん)について 日本一楽しい村を作る――徳島県の山奥に、目を見張る美しい棚田が広がり、澄んだ空気が漂う自然豊かな場所があります。そこは、棚田百選に選ばれた徳島県上勝町(かみかつちょう)。また、この地は環境意識が高く、「ゴミゼロ」を掲げ、環境保全の取り組みで知られる町でもあります。2022年7月、この静かな山あいの集落に小さな酒蔵が誕生しました。その名は「上勝開拓団(かみかかつかいたくだん)が運営する、「エルミタージュバレー・酒ブルワリー」。酒蔵が建つのは、標高約400メートルの山あいにある「庵ノ谷(あんのたに)」という小さな集落。築300年の古民家を活用した酒蔵では、上勝町の棚田で育てられた米と山の天然水を使い、どぶろくやリキュールが醸されています。正式には日本酒ではなく、醸す酒が「どぶろくであることが最もユニークな点です。そして、さらに彼らが掲げ、実際に手掛けているのは、どぶろくの常識を軽やかに飛び越える、新感覚の「米酒(こめしゅ)」。どぶろくを進化させた酒です。一方で、さらに興味深いのは、この地で事業を興し、地元を盛り上げ、酒造りを始めた人物のこと。後継ぎでもなく、この地の生まれでもなく、酒造りに縁があるわけでもない。まったく真逆と言ってもいい世界にいた――大都会のテレビ業界の第一線で活躍していた人物。株式会社「上勝開拓団代表取締役」の「仁木啓介(にきけいすけ)」氏です。仁木代表が、この上勝町とつながった歩みを見ると、"やはり人の縁、地との縁とは本当に不思議"で、人生に偶然などないのかもしれない、と感じてしまいます。ただそんな上勝町も、人口減少や高齢化が進んでおり、空き家や耕作放棄地が多い地域となっています。しかし、上勝町の人々のパワーを感じた仁木代表は、「移住者もパワーやスキルを身につけ、空き家や耕作放棄地を自分たちの夢みる姿に変えていこう!」という想いを抱き、「株式会社 上勝開拓団」を立ち上げ、まず集落の古民家を借りてBarを始めることになります。 そんな、上勝町に惚れ込んだ「上勝開拓団」代表取締役:仁木代表と、日本の美しい風景が残る地で醸されている酒と、代表の強い地域愛を一つずつ紐解いていきます!
【佐賀県鹿島市・馬場酒造場】日本酒「能古見」は佐賀の文化に根差し、継続する。
オンライン酒蔵留学レポート(馬場酒造場) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表酒「能古見」(のごみ)をヒットさせた佐賀県鹿島市の馬場酒造場をご紹介いたします♪ 馬場酒造場について 馬場酒造場は、佐賀県鹿島市に蔵を構える老舗酒蔵。代表銘柄「能古見(のごみ)」を中心に、地域に根ざした酒造りを大切にしながら、長い年月にわたって歩みを続けてきました。その歴史は1795年(寛政7年)に初代、馬場夘左衛門が創業したことにより始まり、佐賀県内でも特に長い歴史を持つ酒蔵のひとつとして知られていると同時に、厳しい時代ごとの変化に向き合いながら、今の姿へと受け継がれてきました。「お客様より信頼される蔵元でありたい」というモットーを掲げている馬場酒造場の酒造りを貫いているのは、「地酒とは、その土地の文化を映す鏡である」という考え方。例えば、仕込み水には「肥前耶馬渓」とも呼ばれる多良岳山系の清らかな伏流水を使用しており、多くの人が水を汲みに訪れるというこの弱軟水の名水と、地元産の米、そして蔵人の精魂を注ぐ技が合わさることで、唯一無二の酒が醸されます。また有明海と山々に囲まれた鹿島の自然環境の中で、とりわけ農業との関係性をとても大切にしています。その象徴のひとつが、地元農家との連携による酒米づくりです。それは「誰がどこで米を作っているのか」という原点でもあり、地域の農家とともに酒米を育てることは、この鹿島の自然を未来に渡すということにもなるのです。さらに、農業と密に連携をするということは、「持続可能な酒造り」ということにもつながっています。例えば、田んぼとは、単に米を生み出す場所ではなく、水を蓄え、生物の住処にもなり、また地滑りなどを防ぎ、地域の暮らしを支える様々な役割も担っています。そうした田んぼの多面的な価値に目を向けながら、「酒米づくりを循環の中で捉えている」のです。馬場酒造場は、酒造りも、田んぼも、自然環境もすべてひとつながり、という自然の恵みを意識した酒を醸しているのです。その流れの中、環境保全に積極的に取り組んでおり、「のごみ ご縁」という酒の売上の一部を有明海流域の環境保全活動へ寄付をしています。 農家、自然、酒蔵。 そのすべてが循環する仕組みを酒を通じて支えようとしているのです。 そんな背景を持ち、新しい取り組みをしつつ、その根底にあるのは、お客様に「美味しい」「また飲みたい」と思ってもらえる酒造り。大量生産を一切行わず、品質を完全に管理できる量だけを丁寧に醸造しています。
【佐賀県鹿島市・馬場酒造場】日本酒「能古見」は佐賀の文化に根差し、継続する。
オンライン酒蔵留学レポート(馬場酒造場) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表酒「能古見」(のごみ)をヒットさせた佐賀県鹿島市の馬場酒造場をご紹介いたします♪ 馬場酒造場について 馬場酒造場は、佐賀県鹿島市に蔵を構える老舗酒蔵。代表銘柄「能古見(のごみ)」を中心に、地域に根ざした酒造りを大切にしながら、長い年月にわたって歩みを続けてきました。その歴史は1795年(寛政7年)に初代、馬場夘左衛門が創業したことにより始まり、佐賀県内でも特に長い歴史を持つ酒蔵のひとつとして知られていると同時に、厳しい時代ごとの変化に向き合いながら、今の姿へと受け継がれてきました。「お客様より信頼される蔵元でありたい」というモットーを掲げている馬場酒造場の酒造りを貫いているのは、「地酒とは、その土地の文化を映す鏡である」という考え方。例えば、仕込み水には「肥前耶馬渓」とも呼ばれる多良岳山系の清らかな伏流水を使用しており、多くの人が水を汲みに訪れるというこの弱軟水の名水と、地元産の米、そして蔵人の精魂を注ぐ技が合わさることで、唯一無二の酒が醸されます。また有明海と山々に囲まれた鹿島の自然環境の中で、とりわけ農業との関係性をとても大切にしています。その象徴のひとつが、地元農家との連携による酒米づくりです。それは「誰がどこで米を作っているのか」という原点でもあり、地域の農家とともに酒米を育てることは、この鹿島の自然を未来に渡すということにもなるのです。さらに、農業と密に連携をするということは、「持続可能な酒造り」ということにもつながっています。例えば、田んぼとは、単に米を生み出す場所ではなく、水を蓄え、生物の住処にもなり、また地滑りなどを防ぎ、地域の暮らしを支える様々な役割も担っています。そうした田んぼの多面的な価値に目を向けながら、「酒米づくりを循環の中で捉えている」のです。馬場酒造場は、酒造りも、田んぼも、自然環境もすべてひとつながり、という自然の恵みを意識した酒を醸しているのです。その流れの中、環境保全に積極的に取り組んでおり、「のごみ ご縁」という酒の売上の一部を有明海流域の環境保全活動へ寄付をしています。 農家、自然、酒蔵。 そのすべてが循環する仕組みを酒を通じて支えようとしているのです。 そんな背景を持ち、新しい取り組みをしつつ、その根底にあるのは、お客様に「美味しい」「また飲みたい」と思ってもらえる酒造り。大量生産を一切行わず、品質を完全に管理できる量だけを丁寧に醸造しています。
【鳥取県境港市・千代むすび酒造】日本酒「千代むすび」は世界へ羽ばたく!
オンライン酒蔵留学レポート(千代むすび酒造) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、2025年に創業160年を迎えた鳥取県境港市の千代むすび酒造をご紹介いたします♪ 千代むすび酒造について 鳥取県の西端。人口わずか3万人ほどの小さな港町・境港市。境港駅から水木しげる記念館まで続く妖怪の世界”水木しげるロード”に蔵を構える「千代むすび酒造」(ちよむすびしゅぞう)は、1865年(慶応元年)に創業した老舗酒蔵です。境港といえば、カニやマグロなど豊かな海の幸が集まる日本有数の漁港としてご存じの方も多いと思います。千代むすび酒造は、この豊かな食文化が続く中で160年以上にわたり、地元の食卓に寄り添い、共に歩んできました。社名である「千代むすび」には、「千代に八千代に、人と人とのご縁を結ぶ」という、とても日本的に、温かく美しい願いが込められています。祝いの席はもちろん、日々の食事の時間を豊かにし、人と人をつなぐ存在でありたいという想いが脈々と受け継がれているのです。また、同蔵では美味しいお酒を通じて「みんなの幸せ 自然の恵みを美味しく楽しく、健康づくり」を経営理念に掲げ、心の健康やご縁を育むことを取り組みを進めています。そんな千代むすび酒造がお酒造りで特にこだわっているのが、やはり「水」。実は、蔵がある境港市の地下水は使用していません。一昔前は地元の水を使っていたそうですが、環境の変化により水質が変わってしまったため、現在ではわざわざ山まで水を汲みに行っているとのこと。今回の酒蔵留学にご出演いただい佐野部長いわく、 「片道夏は45分、冬は1時間ちょいかけてトラックで水を山まで汲みに行ってます。ミネラル分の少ない軟水なので、ゆっくり低温で発酵させて、私たちの狙ったお酒造りに適しているんです」。より真水に近い軟水を使うことで、じっくりと低温発酵させ、お米の旨味をしっかりと引き出す。この並々ならぬ情熱と手間暇が、千代むすびの奥深い味わいのベースを創り上げています。
【鳥取県境港市・千代むすび酒造】日本酒「千代むすび」は世界へ羽ばたく!
オンライン酒蔵留学レポート(千代むすび酒造) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、2025年に創業160年を迎えた鳥取県境港市の千代むすび酒造をご紹介いたします♪ 千代むすび酒造について 鳥取県の西端。人口わずか3万人ほどの小さな港町・境港市。境港駅から水木しげる記念館まで続く妖怪の世界”水木しげるロード”に蔵を構える「千代むすび酒造」(ちよむすびしゅぞう)は、1865年(慶応元年)に創業した老舗酒蔵です。境港といえば、カニやマグロなど豊かな海の幸が集まる日本有数の漁港としてご存じの方も多いと思います。千代むすび酒造は、この豊かな食文化が続く中で160年以上にわたり、地元の食卓に寄り添い、共に歩んできました。社名である「千代むすび」には、「千代に八千代に、人と人とのご縁を結ぶ」という、とても日本的に、温かく美しい願いが込められています。祝いの席はもちろん、日々の食事の時間を豊かにし、人と人をつなぐ存在でありたいという想いが脈々と受け継がれているのです。また、同蔵では美味しいお酒を通じて「みんなの幸せ 自然の恵みを美味しく楽しく、健康づくり」を経営理念に掲げ、心の健康やご縁を育むことを取り組みを進めています。そんな千代むすび酒造がお酒造りで特にこだわっているのが、やはり「水」。実は、蔵がある境港市の地下水は使用していません。一昔前は地元の水を使っていたそうですが、環境の変化により水質が変わってしまったため、現在ではわざわざ山まで水を汲みに行っているとのこと。今回の酒蔵留学にご出演いただい佐野部長いわく、 「片道夏は45分、冬は1時間ちょいかけてトラックで水を山まで汲みに行ってます。ミネラル分の少ない軟水なので、ゆっくり低温で発酵させて、私たちの狙ったお酒造りに適しているんです」。より真水に近い軟水を使うことで、じっくりと低温発酵させ、お米の旨味をしっかりと引き出す。この並々ならぬ情熱と手間暇が、千代むすびの奥深い味わいのベースを創り上げています。
【伝説の杜氏・日下信次】日本酒「日下無双」―”自らの名を刻む”唯一無二の半生
オンライン酒蔵留学レポート(番外編) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 通常の酒蔵留学のレポート記事では、これまでご出演していただいた酒蔵さんをご紹介しておりますが、今回は番外編!酒蔵さんではなく一人の”杜氏”にスポットを当てました。 その人物とは、杜氏でありながら自身の名を冠した清酒ブランド「日下無双」(ひのしたむそう)を立ち上げた伝説の杜氏「日下信次(ひのしたしんじ)」(永山酒造)さん!ハンズオンSAKEでは親しみを込めて”兄貴”と呼ばせていただいています。 私たちが日下杜氏、そして「日下無双」を推すのは、単にお酒としての魅力にとどまらず、日下信次という人物そのものに深い価値があると考えるからです。28歳という若さで当時の最年少杜氏となり、酒蔵を越えて銘柄を紡ぎ続けている姿は日本酒業界の中でも極めて稀有な存在。 本記事では、日下杜氏のこれまでの人生と集大成となる新たなる挑戦をご紹介していきます! ”生きる伝説”杜氏・日下信次(ひのしたしんじ) 日下信次(ひのした しんじ)さんは、1965年広島市生まれの杜氏。千代乃春酒造(ちよのはるしゅぞう)で最年少杜氏記録(28歳)を樹立後、村重酒造(むらしげしゅぞう)で個人ブランドとなる「日下無双」を創立しました。その後は天吹酒造(佐賀県)へ活躍の場を移しましたが、60歳という定年を節目に佐賀の地を去って、2025年末から永山酒造(山口県)で新たな杜氏人生をスタートさせました。ブルース・リーを敬愛するが故の筋トレマニア、SASUKE出場経験の持ち主、大の野球好きなど、酒造り以外でも様々な伝説や唯一無二の逸話を残している日下杜氏。その壮大な半生を振り返っていきましょう。
【伝説の杜氏・日下信次】日本酒「日下無双」―”自らの名を刻む”唯一無二の半生
オンライン酒蔵留学レポート(番外編) オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒体験型サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 通常の酒蔵留学のレポート記事では、これまでご出演していただいた酒蔵さんをご紹介しておりますが、今回は番外編!酒蔵さんではなく一人の”杜氏”にスポットを当てました。 その人物とは、杜氏でありながら自身の名を冠した清酒ブランド「日下無双」(ひのしたむそう)を立ち上げた伝説の杜氏「日下信次(ひのしたしんじ)」(永山酒造)さん!ハンズオンSAKEでは親しみを込めて”兄貴”と呼ばせていただいています。 私たちが日下杜氏、そして「日下無双」を推すのは、単にお酒としての魅力にとどまらず、日下信次という人物そのものに深い価値があると考えるからです。28歳という若さで当時の最年少杜氏となり、酒蔵を越えて銘柄を紡ぎ続けている姿は日本酒業界の中でも極めて稀有な存在。 本記事では、日下杜氏のこれまでの人生と集大成となる新たなる挑戦をご紹介していきます! ”生きる伝説”杜氏・日下信次(ひのしたしんじ) 日下信次(ひのした しんじ)さんは、1965年広島市生まれの杜氏。千代乃春酒造(ちよのはるしゅぞう)で最年少杜氏記録(28歳)を樹立後、村重酒造(むらしげしゅぞう)で個人ブランドとなる「日下無双」を創立しました。その後は天吹酒造(佐賀県)へ活躍の場を移しましたが、60歳という定年を節目に佐賀の地を去って、2025年末から永山酒造(山口県)で新たな杜氏人生をスタートさせました。ブルース・リーを敬愛するが故の筋トレマニア、SASUKE出場経験の持ち主、大の野球好きなど、酒造り以外でも様々な伝説や唯一無二の逸話を残している日下杜氏。その壮大な半生を振り返っていきましょう。
【佐賀県基山町・基山商店】日本酒「基峰鶴」―姉弟の絆でつなぐ地酒への想い―
オンライン酒蔵留学レポート オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒通販サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表銘柄「基峰鶴(きほうつる)」を醸す佐賀県基山町の基山(きやま)商店をご紹介いたします♪ 基山商店(きやましょうてん)について 佐賀県に蔵を構える「基山商店(きやましょうてん)」。専務兼杜氏である小森賢一郎(こもりけんいちろう)さんが酒造りを牽引する同蔵は、1920年(大正9年)に現在の合資会社として設立されました。2026年現在で105年目を迎える、歴史ある老舗の酒蔵です。代表銘柄は山田錦を使用した「基峰鶴」。 佐賀県基山町にそびえる国の特別史跡・基肄(きい)城がある「基山」の山懐を、悠然と舞う鶴の優美な姿から命名されたとのこと。また蔵が位置する佐賀県基山町は、とても"美味しい味わいの柔らかいお水がとれる恵まれた土地"。このお水の柔らかさを最大限に生かし、"本当に飲んで笑顔になれるような、ほっこりするようなお酒造り"を目指して日々酒造りと向き合っています。良質な原材料は勿論のこと、その技術と情熱が実を結び、2015年には、「基峰鶴 純米吟醸 山田錦」がインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)でGOLD賞を受賞、さらに、2025年の新酒鑑評会では「基峰鶴 純米大吟醸 山田錦」が金賞を受賞するなど、これまでに数々の実績を積み重ねてきました。現在では、製造量の約1割をフランスをはじめとするアジア各国へ輸出。その味わいとともに、日本酒文化の魅力を海外へと発信し続けています。杜氏と専務を兼ねて奮闘している賢一郎さんは、「基山の米と、水で醸した酒を通じて、基山のことを知ってもらいたいだけじゃなく、地元の方にもさらに愛されるお酒を造っていきたいです」と語ります。またこの蔵の魅力は、老舗でありながらも、"次世代を見据えた先進的な取り組みにどんどん挑戦している"こと。例えば、若い世代にも楽しんでもらえるよう「酸味」や「フルーティーさ」を持たせた新しい味わいの日本酒造りへ挑んでいます。一方で、「本当の地酒とは何か?」という本質には、常に真摯に向き合い、現在使用しているお米の8割ほどは佐賀県産ですが、これをさらに掘り下げ、地元・基山町産のお米へと切り替えていくという、"地元にこだわった取り組み"を行っています。つまり、酒蔵がこの土地にある意味を深く考え、地元の農家さんとタッグを組んで米作りから携わることで、"真の地酒造り"を追求しているのです。そんな伝統の重みと革新的なエネルギーを併せ持つ「基山商店」の奥深い世界へ、早速ご案内いたします!
【佐賀県基山町・基山商店】日本酒「基峰鶴」―姉弟の絆でつなぐ地酒への想い―
オンライン酒蔵留学レポート オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒通販サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表銘柄「基峰鶴(きほうつる)」を醸す佐賀県基山町の基山(きやま)商店をご紹介いたします♪ 基山商店(きやましょうてん)について 佐賀県に蔵を構える「基山商店(きやましょうてん)」。専務兼杜氏である小森賢一郎(こもりけんいちろう)さんが酒造りを牽引する同蔵は、1920年(大正9年)に現在の合資会社として設立されました。2026年現在で105年目を迎える、歴史ある老舗の酒蔵です。代表銘柄は山田錦を使用した「基峰鶴」。 佐賀県基山町にそびえる国の特別史跡・基肄(きい)城がある「基山」の山懐を、悠然と舞う鶴の優美な姿から命名されたとのこと。また蔵が位置する佐賀県基山町は、とても"美味しい味わいの柔らかいお水がとれる恵まれた土地"。このお水の柔らかさを最大限に生かし、"本当に飲んで笑顔になれるような、ほっこりするようなお酒造り"を目指して日々酒造りと向き合っています。良質な原材料は勿論のこと、その技術と情熱が実を結び、2015年には、「基峰鶴 純米吟醸 山田錦」がインターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)でGOLD賞を受賞、さらに、2025年の新酒鑑評会では「基峰鶴 純米大吟醸 山田錦」が金賞を受賞するなど、これまでに数々の実績を積み重ねてきました。現在では、製造量の約1割をフランスをはじめとするアジア各国へ輸出。その味わいとともに、日本酒文化の魅力を海外へと発信し続けています。杜氏と専務を兼ねて奮闘している賢一郎さんは、「基山の米と、水で醸した酒を通じて、基山のことを知ってもらいたいだけじゃなく、地元の方にもさらに愛されるお酒を造っていきたいです」と語ります。またこの蔵の魅力は、老舗でありながらも、"次世代を見据えた先進的な取り組みにどんどん挑戦している"こと。例えば、若い世代にも楽しんでもらえるよう「酸味」や「フルーティーさ」を持たせた新しい味わいの日本酒造りへ挑んでいます。一方で、「本当の地酒とは何か?」という本質には、常に真摯に向き合い、現在使用しているお米の8割ほどは佐賀県産ですが、これをさらに掘り下げ、地元・基山町産のお米へと切り替えていくという、"地元にこだわった取り組み"を行っています。つまり、酒蔵がこの土地にある意味を深く考え、地元の農家さんとタッグを組んで米作りから携わることで、"真の地酒造り"を追求しているのです。そんな伝統の重みと革新的なエネルギーを併せ持つ「基山商店」の奥深い世界へ、早速ご案内いたします!
【三重県伊賀市・若戎酒造】異才創業者と名杜氏が生み出した銘酒「義左衛門」─その先にあるワクワクと笑顔
オンライン酒蔵留学レポート オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒通販サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表銘柄「義左衛門」を醸す三重県伊賀市の若戎(わかえびす)酒造をご紹介いたします♪ 若戎酒造(わかえびすしゅぞう)について 「忍者の聖地」で知られる三重県伊賀市。ここは古来から都(飛鳥・奈良・京都)に隣接していたことから交通の要所として、江戸時代には城下町や伊勢神宮への参拝者の宿場町として栄えてきました。 さらに伊賀市は、四方を山々に囲まれた盆地であり、古くからその特有の気候を活かした米作りが行われてきたため、現在も10蔵の酒蔵が点在する隠れた酒どころでもあります。その代表的な地酒蔵のひとつが”常若のえびす様”が守護するまほろばの蔵元「若戎酒造(わかえびすしゅぞう)」です。 若戎酒造の創業は嘉永6年(1853年)。黒船来航で激震する幕末の時代、伊勢詣で賑わう初瀬街道の宿場町「阿保宿」で一人の男が立ち上がります。 その男の名は、重藤家7代目当主であり初代蔵元となる「重藤義左衛門(しげふじぎざえもん)」。 代々、宿屋を営んでいた重藤家だったのですが、なぜか酒蔵に商売替えをしたのでした。きっかけは、向かいに構えていた酒蔵の主人から経営相談を受けたこと。その際に義左衛門は、家屋敷と商売をそっくりそのままお互いに交換しようという、突飛もない発想で酒屋に転身したことが創業のきっかけだそう。ユニークというか大胆というか、大層不思議な人物だったのだと想像できます。今でいうM&Aなどではなく、「商売の交換」とはかなり突き抜けた行動です。その後、藤堂藩から酒造りの印札(酒造免許)を受けたことにより若戎酒造の歴史が始まりました。
【三重県伊賀市・若戎酒造】異才創業者と名杜氏が生み出した銘酒「義左衛門」─その先にあるワクワクと笑顔
オンライン酒蔵留学レポート オンライン酒蔵留学は、おうちにいながら地方の酒蔵さんとダイレクトにつながって、一緒に乾杯できる日本酒通販サービスです。作り手さんの想いや人柄も味わうことができ、日本酒を通して「人生の学び」や「新たなつながり」、そして「推し蔵」が生まれる場となります。 本記事では、これまでオンライン酒蔵留学にご出演していただいた酒蔵さんをご紹介!この記事を通して、酒蔵さんの想いやこだわりについて是非触れてみてください♪ 今回は、代表銘柄「義左衛門」を醸す三重県伊賀市の若戎(わかえびす)酒造をご紹介いたします♪ 若戎酒造(わかえびすしゅぞう)について 「忍者の聖地」で知られる三重県伊賀市。ここは古来から都(飛鳥・奈良・京都)に隣接していたことから交通の要所として、江戸時代には城下町や伊勢神宮への参拝者の宿場町として栄えてきました。 さらに伊賀市は、四方を山々に囲まれた盆地であり、古くからその特有の気候を活かした米作りが行われてきたため、現在も10蔵の酒蔵が点在する隠れた酒どころでもあります。その代表的な地酒蔵のひとつが”常若のえびす様”が守護するまほろばの蔵元「若戎酒造(わかえびすしゅぞう)」です。 若戎酒造の創業は嘉永6年(1853年)。黒船来航で激震する幕末の時代、伊勢詣で賑わう初瀬街道の宿場町「阿保宿」で一人の男が立ち上がります。 その男の名は、重藤家7代目当主であり初代蔵元となる「重藤義左衛門(しげふじぎざえもん)」。 代々、宿屋を営んでいた重藤家だったのですが、なぜか酒蔵に商売替えをしたのでした。きっかけは、向かいに構えていた酒蔵の主人から経営相談を受けたこと。その際に義左衛門は、家屋敷と商売をそっくりそのままお互いに交換しようという、突飛もない発想で酒屋に転身したことが創業のきっかけだそう。ユニークというか大胆というか、大層不思議な人物だったのだと想像できます。今でいうM&Aなどではなく、「商売の交換」とはかなり突き抜けた行動です。その後、藤堂藩から酒造りの印札(酒造免許)を受けたことにより若戎酒造の歴史が始まりました。